読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

羊の文書

ビジネス書中心に脱線記事を書いてます。

今夜、豚骨ラーメンが食べたくなる話し

f:id:sheep-note:20170205182330j:plain

 

今は懐かしぃ思い出。

初めて食べたあのラーメン屋は、父が自慢したラーメン屋——

 

 

 

 

思い出の、豚骨ラーメン。

 

 

うちの父は若い時から運送業に勤め、

職業柄、それはそれは色んな所へトラックを走らせている人。

仕事の帰りは ~17:00 ぐらいと他の会社に比べ少し早く、ただその分朝が4:00~5:00と速く

長距離の際には2日~3日は帰ってこない人。

 

あまり口数多い方じゃなく、厳格な父...と言う分けでもなく。

真面目で一本気のあるちょっとおちゃめな人だ。

 

小さい頃はトラックの助手席に乗って、こそっと出張について行っては

船旅の船中で同業のトラック運ちゃんに良くお駄賃貰って、子供心にワクワクして

小旅行を楽しんだ。

 

因みに、トラック運ちゃんのお昼は早い。

お昼の時間が早いのでは無く、食事のスピードが早い。

「アッ」と言う間に食べ終わっては次の現場へトラックを走らせて行く。

 

 

  Sponsored Link

 

 

うちの両親はどちらかと言うと外食好きで、母親合わせその辺の人よりかは

舌の肥えた人間だろうと思う。

小学生の頃は両親とも共働きだったので、遅い時間に晩御飯を食べに行くなんてザラにあり

ただ、それはそれで小学生の自分にはちょっと楽しかった思い出の一つ。

 

いつも帰りの遅い両親に、少しは『寂しい...』想いになったりもしたけれど

夜の自由なTVタイムを、それなりに有意義な時間で楽しんでいた。

 

 

そんなある日、その日もまぁ遅い晩御飯になった 週末(金)の夜。

時間は21:00を回っていた頃、何時ものように両親が帰って来た。そして、父が私にこう言うのだ...

 

『美味しいラーメン屋があるぞ!』

 

なんだか勝ち誇った顔で言う父。

『ここのラーメン屋は美味しくて楽しいぞ!』

 

『まだ空いているから食べに行こう!!』

 

一同:『は?』

 

その日、初めて晩御飯が豚骨ラーメンになった。

 

母は、「晩御飯がラーメン屋って...」見たいな残念そうな顔をしている。

 

因みにここは博多。

 

博多の人って、身近にラーメンがあるせいか

基本、ラーメンをおやつや小腹のすいた時、

夜食、ファーストフード的な食べ物感覚を持っている。

(特にうちでは。)

 

だから晩御飯のメイン食が『ラーメン』なんて…普通は考えられないのだ。

(特にうちでは。)

 

 

同じように当時小学生だった私も、

その時は瞼が半分閉じている目で、父の顔を眺めていたのを覚えている。

 

そしてそんなラーメンをゴリ押しする父は

とにかく食べたいのか...いや、後から思えばどうしても子供に食べさせてかったのだろう。

 

我が家を23:00ぐらいに出発したのでした。

 

 

  Sponsored Link

 

 

さて、そのラーメン屋へは車で約30分ぐらい掛かる。

 

車中ではとにかくそのお店の『豚骨ラーメン』が凄く美味しいらしく

仕事中に探し当てた最近一番のハマリ店だと、

事前調査報告見たいな事を父が話すけれど…

 

正直、この頃の私はそんなにラーメンを好きではない。

 

まぁ普通。可も無く不可も無く。

 

そんなんだから、

父が色々しゃべっても実は全く興味が湧かない。

いつもは近所の福一ラーメン

(福岡にある暖簾分けスタンダード豚骨ラーメン)しか食べに行った事がないので、

 

だから、そんなにテンションも上がらずただただ お腹が空いていた。

 

 

そんなこんなで約30分後、しぶしぶながらも車はラーメン屋へ到着するが…

 

今でこそ、そのラーメン屋の佇まいはしっかりとし、外装も黒い木枠で覆われ.いかにも

『美味しそうなラーメン屋』なのだが

 

当時はまだお店も小さく、入り口も狭い。

 

駐車場も無いし、正直パッと見たら気づかないで素通りしそうなお店。

 

大きな道路(6車線)に面しているが、中央分離帯があるせいで片側からは向かえない場所だ。

 

 

そんなラーメン屋なのだが、

 

しかし、

 

その日その時は表に数人の列がお店入り口際で並んでいる。

 

 

お店に人が並んで待っている状況を初めて見た私は、この時少しワクワクした。

 

そして赤い暖簾をくぐって入ったそのラーメン屋では、これまた初めて体験する「食券」システムに

当時小学生の私は目が輝いた。

 

だって、券を買って食べるシステムとか、その当時博多ではあまり見かける事も無く、

近所でも導入しているところは無い。

 

食券機を見たのはその時が初めてだったからだ。

 

 

そんな食券を買って店内へ入ると、これまた衝撃的な光景を目にする。

 

店内はなんと1人になれるように、回りを仕切り壁で覆われた席がそこにはあった。

 

「何これ!?」

もぅその一言。

 

心はわくわくからドキドキだった。

純粋だったのだ(この時は)

 

隣に両親が座る。もちろん顔は見えない。(覗き込めば見える)

まるで...2段ベットの上で寝るような自分だけの空間...がそこにはあった。

 

 

そして感動あるれている私の処へ、いよいよラーメンが到着する。

 

 

 

f:id:sheep-note:20170205214116j:plain

 

 

『コト』っと置かれたどんぶりには

黄金豚骨スープに青々とした小葱、味付きチャーシューには焼き目がついていて美味しそう。

博多ならではの細麺と独特な豚骨スープの香り。

 

本当に、第一印象から美味そうだったそのラーメンは、やはり印象どおり。

 

私は最初の一口は麺から食べる派だ。

スープを沢山絡ませてすくったその一口は、

今までに味わい無い、激美味いラーメンだった。

 

これまでに食べたラーメンを覆す、まったりとしたスープと相性の良い細麺。

あぶらこってりスープがどんどんお腹を満たして行く。

 

一杯だけじゃ足りなくて、もちろん『替え玉』

替え玉をしたもの、この時が初めてだった。

 

 

あっと言う間にどんぶりの底が見えるまで飲み干したスープ、最高に満足だった。

 

そして、それを見ていた父が

したり顔でニヤニヤ見ていた。

 

 お店を後にし帰りの車では、父が発見したこのラーメン屋の事を自慢げに話して

「どうだった?」とニコニコ顔で聞いていた。

 

母は、普段はあまり食べないラーメンなのだが、満足そうだった気がする。

 

初体験尽くしにあった小学生の私は

『こんなラーメン屋見つけるって、、、父さんすげ〜な〜.』と思った。

 

いつも色んな所に行き、見つける事が出来る父の仕事を単純にカッコ良く、

別の意味で憧れた事を今でも覚えている(笑。

 

 

そして、月日はながれ

 

 

そんな父はあれから、何だかんだと文句を言いながらも運送業一筋に同じ職場を40年勤め上げた。

あまり健康的な父では無かったけれど、大きな病気にも掛からずに何とかやり切った様だ。

 

年にして60歳になる。

 

 

昨年、父はその仕事を定年退職した 。

 

 

 

母はそんな父に『お疲れ様』...とは、言って無かったけれど、、

 

 

あの人が一番頑張っている姿を見て来たのだと、わかるような、

そんな顔をしていたのがわかった。

 

父は、本当はもう少しだけ、働く事も可能だったそうだけれど、、、

最近は目も悪くなってきたし、体もきつくなって来たのだろう...

 

早々に引退を決意したそうだ。

 

 

週末には少し手伝いに退職した会社へ顔を出して手伝っていたようだが、

今はもう呼ばれる事も無くなっている。

 

家でゴロゴロ、手持ち無沙汰のように過ごしている...らしい。

 

 そんな話を昨日母と電話で話した。

 

 

家族でついて行った長距離の出張も、船旅について行き楽しんだ事も、

関連会社から山のようにお土産を持ち帰って来た事も、

 

今では思い出になった。

 

 

 

 

ふと、久しぶりに博多へ帰る道中で、

あの頃のあのラーメン屋が頭をよぎって行く...

 

あんなところに美味しそうな屋台があるせいだ。

 

 

暫くぶりに、日頃会っていない父に

今度はこっちが誘ってやろうかとそんな気分になってしまった...。

 

 

 

さてさて、そしたら父は喜ぶだろうか?? 

 

 

あのラーメン屋へ、

 

 

 

那の川にあるあの一蘭

 

今夜豚骨ラーメンを食べに行こうか?

 

 

 

 

f:id:sheep-note:20170209231557j:plain